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旅と風

とある地方の学生がいろいろ書いていこうと思うブログ

僕がα77 Ⅱをほしいと思う理由

カメラ 雑記

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α77 II | デジタル一眼カメラα(アルファ) | ソニー

先日のブログで書いたりもしたのだが、僕はα550を持っていて、レンズもそんなにいいものではないものの、単焦点を2本持っている。

α550でも不満がないのだが、写真を引き伸ばしたりするようなときなんかは、正直ちょっと画素数があってもいいかなあとか思ったりする。また、本格的に一眼レフを持ち始めて7~8年が経って、そろそろ中級機もいいなあと思ったりする。

レンズ資産がいくらかあって、次買うとしたら、やはりAマウントのαだろう。Aマウントの先行きは若干不安だったりするのだが。

taw.hatenablog.jp

ファインダーが大きく明るい!

α550は従来通り、そしてニコンやキャノンと同じくミラーでファインダーに像を送っている。リアルタイムに像が見えるという利点はあるのだが、センサーサイズの都合で、どうしてもファインダーの像を大きくすることができない。

昼間明るいときのスナップ写真なんかを撮るときは別に困らないのだが、50/1.4のレンズをつけて、細かいピントを調節するときなんかに、ピントを掴みづらいという問題がある。もっとも、撮影技術の問題だろと言われてしまえばそれまでなのだが。

しかし、α77Ⅱでは、ミラーを持っているものの、その像を透過させて撮影素子で像を受け、液晶のファインダーにその像を受けている。液晶に映すということは、そのサイズはリアルにファインダーに受けた像よりも大きく映すことが可能で、しかも光学的に難しかったファインダーを明るくすることができる。

かなりの近視の自分にとってはかなりのメリットだ。

キットレンズでちょうどいいズームレンズが手に入る

メインで使っているレンズが28/2.8と50/1.4だけなのだが、このカメラのキットレンズには16-50/2.8というちょうどいい、よく使うであろう範囲のズームレンズが手に入る。しかもレンズの明るさは2.8通しと、かなり明るい。

一応、α200についてきた18-70/3.5-5.6というレンズも持ってはいるのだが、画質に難があり、単焦点レンズを手に入れてからは一切使っていない。

単焦点レンズには単焦点レンズのおもしろいところがあるのだが、このズームレンズはかなり広角の写真を撮るのにも使える。写真表現の幅が広がるのは間違いなしだ。

また、今持っている単焦点たちは、レンズコーティングがフィルムカメラ時代のもので、強い光源の写真を撮ったりするとフレアが乗ったりする。一方でついてくるこのレンズはデジタルに特化したものなので、コーティングもデジタル仕様だ。

画質的にも結構なアドバンテージになるだろうなあと思う。

価格だけがネック

ここまでくると買わない理由がないように思えてくるが、安く買えたとしても15万は下回らないだろう。しかも3年ほど前の機種。

自由に使える金が数百万単位であったらポンと買うのだが、そうもいかない。せめて宝くじでも当たれば買うのになあと思うのだが。

浪人して本当に人生を損したか?

雑記

今週のお題「私のタラレバ」

僕は大学入学するまで、1年間修業せざるを得なかった。つまり浪人である。「君を入学させてあげよう」という大学がなかったのだから仕方あるまい。

大学入試というのは無慈悲で、国公立大学は前期と後期の二回受験チャンスがあるのだが、後期試験ではたった2点差で「君はいらない」と言われていたのである。その2点に何人集まっていたのかは知る由もないが、あと2点だったんで、という慈悲は通用しないということを、18歳の春に知ったのである。

浪人生の1年間

大学入試に向けて修業する訳だから、ひたすら勉強である。予備校に通い入試に必要な知識を取り込み、それを答案に表現する能力を高めるために1年間費やすのだ。それを修業と言わずして、なんと表現すればいいのだろうか?

もっとも、僕は寮に入らずアパートを借りて一人暮らしをしていたので、ある程度自由が利く生活だった。まどか☆マギカの新編を映画館に見に行くくらいには自由だった。

寮ではないということは、自分の食い物は自分で作らなければならない。少ない仕送りでどう食費を安く上げるかという点においても、修業できたように思う。ただ、勉強時間は削られた。

1年後の成果はどうなったのか?

修業不足だったらしい。第一志望には見事蹴られた。大学入試の失敗というのは、絶望感を与えるもので、世の中というのは無慈悲だなあと思ったりもした。正直、大学別模試でA判定を取れるくらいには修業の成果が出ていたので、落ちるということは想定していなかったが、結果は修業不足。勉強不足。日々の成果を生かせないのだから、入試に落ちる。

結局後期試験で、現役時にも受かったであろう大学に落ち着くことになった。

この1年間は無駄だったのか?

現役の時にでも受かったような大学に進学したということは、この1年間が結局のところ無駄だったのではないかと思わせてしまう。客観的に見れば無駄だったのかもしれない。

でも自分ではそうは思わない。この1年間での成果を数値化せよと言われると、ちょっと伸びたセンター試験の成績や、模試の偏差値くらいしか示すものはないのだが、日々ある目標に向かって勉強する、努力するというのがいかに充実した日々だったのか、というのを今振り返って思ったりする。

あるいは、予備校には変な人間が多く存在するもので(それは生徒だったり、講師だったり)、そういう環境に身を置くことで、考え方の多様性を得たように思う。さすがにこれは言い過ぎかな。

一番思うのは、自分が常に正しい訳ではないし、自分の努力が果たして人と比べた時にどうなのか、ちゃんと客観視する必要があると、浪人の絶望から学べたことである。僕が仮に現役で第一志望に合格していたら、自分やそれに近いものしか認めない偏狭な人間になっていたかもしれない。

現役合格していれば、進路変更していなければ

今の僕は、華のキャンパスライフと呼ばれるような生活からほど遠い生活をしているが、果たして現役合格していたとして、そういう生活を送っていただろうか。

僕は文系から理系に進路変更して、その結果理系科目の学力不足で浪人、第一志望にさようならを言い渡されることになったが、文系のままだったら、上位の大学ですばらしい学生生活を送っていただろうか。

僕にはそうは思えない。

想像力が足りないのかもしれないけれど、僕がそうした生活をしているとは到底思えないのだ。

今それなりに楽しく生活しているおかげだろうか。それとも、その環境を知らないせいだろうか。理由はなんとも説明しがたいけれど、もし現役合格していたら、進路変更していたらという選択肢を想像できないのだ。

浪人は勧めないが、浪人=悪ではない

浪人することは悪ではないと思う。受験勉強から離れて、あの日々を振り返ると、なんとも充実した日々だったのだろうかと思ってしまうくらいだ。もう一度あの日々に身を置いたっていいんじゃないかと思えるくらいに。

ただ、浪人することは勧めない。親に負担をかけることになるし、実際生涯年収が少なくなるという話もある。現役合格するに越したことはない。でも結果的に浪人することになったら、それは悪ではないし、人生において損ではないと声を大にしていいたい。

なあに、君が入学することになる大学には、浪人して入った人もまあまあいるだろう。大学で年齢差なんて気にすることはない。ただ、類は友を呼ぶのか、浪人と明かしていないのに、友人たちが実は浪人生だったなんてことは多い。

「タラレバ」の世界を見られたら

自分が生まれなかったら、というのは最大のタラレバだと思う。そんなSFチックな小説が米澤穂信の「ボトルネック」という小説だ。

ボトルネック (新潮文庫)

ボトルネック (新潮文庫)

 

タラレバの世界は本当に幸せな世界なのか、タラレバの世界を覗けることが、本当に幸せなのか。この一冊を読んで考えてみるのもいいかもしれない。そんなことをこの記事を書きながら思ったり。

【ハイブリッドカー】レンタカーを借りたらアクアが来たのでレビューしてみる

クルマ

普段レンタカーを借りるときは、たいていデミオディーゼルを借りることが多いのだが、デミオディーゼルに空車がなかったので、適当に予約してみたらアクアがやってきた。

普段トヨタ車を乗る機会がなく、このアクア以外に運転したことがある車種といえばiQかハイエースくらいしかない。どんな車かなあとちょっとわくわくしながら運転してみた。

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ちなみにやってきたアクアが現行だけどマイナーチェンジ前の車。8万キロくらい乗ってたので、内装なんかは若干へたってたような。

いまどきプッシュスタートじゃないなんて

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レンタカーとして使われるような車はたいてい最低グレードの車があてがわれる。とはいえプッシュスタートじゃないなんて、とちょっと驚き。ただ、プッシュスタートの車は、出発してからうっかり鍵をどこかに落としたんじゃないかという不安に襲われることもあるので、一長一短。

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上位グレードだとここにスタートボタンがあるんだろうなあというスペースが、ハンドル右にあったりしたので、正直ちょっと笑った。

正面になにもないハンドル周り

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レンタカーなのでナビが当然純正じゃないとして、スピードメーターオドメーターその他もろもろは、正面ではなく少し左上の部分にあります。ただ、運転してて視点移動が少ない位置なのかなあと思ったので、違和感はまったくなく、合理的なつくりをしている感じ。

何気にオートエアコンだったりするのがうれしいところ。

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キーを回すと、エンジンが始動するのではなく、スピードメーター横にREADYと表示されるだけ。このREADYが表示されるともう既に発進できる状態という訳。この辺はある意味リーフと一緒。ただしバッテリー残量が減るとエンジンがかかって発電しだすので、エンジン音が聞こえてくる。

エンジンの回転数を示すタコメーターは一切なく、アクセルの踏み具合と、回生状態を示す左側のバーがあるのみ。ECO領域のそれも線が濃くなっている部分だけで加速すると、EV走行ができたり、あまりエンジンを使わない走行ができたりする。もっともこの領域だけで加速するとトロすぎるので、結局アクセルを踏むことになる。

シフトレバーはThe トヨタ車って感じ

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プリウスやリーフのようなシフトレバーではなく、ノーマルなトヨタ車といった感じのシフトレバー。ちなみにこの写真のさらに左下側にエコモード切替スイッチや、EV走行スイッチといったスイッチ系がある。正直エコモード切替スイッチやEV走行スイッチは走行中に操作しにくく、結構位置を探したりする。走行中に切り替えるなってことなのかなあ?

エコを強いてくる走行性能(※あくまで個人の感想)

ああ、安定という感じの走行性能で、直線道路を走っているときはロードノイズも少なく、カーブもそれなりの速度で曲がってくれそうなポテンシャルは持っていそう。

ただ、個人的にはアクセルの踏み具合とエンジン音が比例してこない(特に低速くらいのとき)のが気持ち悪いなあと思ったり。また、アクセル開度がPWRゲージのところまでくると問答無用でエンジンがかかり、それなりの音量でエンジン音が響いてくる。

そして微妙なアクセルの踏み具合で、エンジンがかかったり、EVだけで走行できたりとかなり燃費に直結してくるような雰囲気。なるべくエンジンを使わず、アイドリングさせないことが低燃費の秘訣かなあと。

もっとも、50~60km/hくらいの速度域だとほぼ常にエンジンがかかるような状態になるものの、モーターがそれなりに働いてくれるのか、そこまで燃費が悪くならない印象だったりする(車載燃費計を見ていると)

ただ、高速道路に乗ろうものなら、100km/h巡航でもどんどん燃費が悪くなっていくので、あまり速度を出したくないなあという感じ。今回の同乗者には「いつもに比べるとやさしい運転だな」と言われたけれど、なんというか、目の前の燃費計を前にラフな運転はできないなあ。というのが今回アクアを運転して思ったこと。少しでもラフな運転をしようものなら、すぐに燃費という値でレスポンスをしてくれるあたり、エコを強いてくるなあというのがこの車に対する感想だ。

今回アクアに乗って思ったのは、高速道路で明らかに100km/hを超えた速度で走っているアクアの運転手はある種「燃費」という煩悩から解消された人々なんだなあということ。それくらい、この車にはエコを強いてくる強さがあるような感じだ。

貰えるならもらうけど買いたいとは思わない車

この車を運転してて楽しいかと言われると、僕はあまりそうは思わないなあというのが正直なところ。タダであげるよ!って言われれば喜んで使いたいけど、200万くらい出して買いましょうとはならないかなあ。

キュレーションメディアは滅んでもいいやというお話

雑記

Googleが検索アルゴリズムを変えて、キュレーションメディアによる記事の検索順位が下がるようになったという話が聞こえてきた。

www.itmedia.co.jp

別に僕はキュレーションメディアによって無断転載の被害を受けた訳でもないのだが、どうにもこうした検索結果にはうんざりしていた。

旅行のときに参考にしたいのは「まとめ」じゃない

僕が旅行するするときや、車を借りて遠くへドライブに行こうとするときなんかに、よく下調べするけれど、そんなときに参考にするのは、こうしたキュレーションメディアによってまとめられた、情報の一覧なんかではない。公式サイトはもとより、観光協会のWebサイト、そして、個人ブログや口コミサイトに寄せられた感想などの記事だ。

キュレーションメディアによってまとめられた情報は、ごく稀に、その地方にどんなものがあるのかという参考になったりするときもあるのだが、基本的には「まとめ」でしかないので、参考にならない。

僕個人が知りたいのは、その場所に行ったり、その交通手段を使ったりした生の声だ。1つのWebサイトだけを参考にするんじゃなくて、いくつか調べて総合的に判断する。その方がどんな場所かイメージができるからだ。

まとめている人たちは本当にその場所に行ったことがあるの?

キュレーションメディアの記事の中には、本当にこれ、行ったことあるのかな?と思うようなまとめ方をしているものもある。

机上旅行は楽しい。ネットの海を漂いながら、旅行した気分になるのは最高の暇つぶしだ。けれども、それをさも行ってきましたというように記事にするのは、間違っているように僕は思う。実際に行ってきて、その生の声が書かれた記事のほうがリアルだ。

僕の最近の暇つぶしは、飛行機の搭乗記を適当に検索をして読むことだったりする。特にビジネスクラスやファーストクラスの搭乗記なんかは、読んでいて「こうしたサービスを受けてみたいなあ」とか、「こんな旅行をしたいなあ」なんて思わせる。たぶん金持ちは文才がある。

でも僕は、こうした搭乗記を持ってきて、適当に写真を切り貼りして、こんなサービスがあります。こうした旅もいいですねなんて記事は書けない。僕が体験したリアルじゃないからだ。

キュレーションメディアは検索結果の代替にはならない

こうしたキュレーションメディアが目指すのは、新しい検索の提案、「膨大な検索結果から、おすすめの情報を指し示す」ことらしい。そんなニュアンスの記事をどこかで読んだ気がする。

だけど僕はキュレーションメディアが検索結果の代替にはならない。浅く広く情報を示されただけでは本当に知りたい情報が得られないからだ。

旅行に関することじゃなくても日常生活に関することでもだ。いろいろなWebサイトがあって、その中で自分が知りたいものを探す。そのほうが自分にとって一番知りたい情報が得られる気がする。